皆さんは 合唱 と 声楽 に どんな印象をお持ちでしょうか。
私は 合唱と出逢い 声楽に憧れ を持ちました。
私にとって 両立が難しかった 合唱 と 声楽 。
今回は
私の経験した 合唱 と声楽 について
お話をさせていただきます。
私の全てだった〚合唱団〛
歌うことが大好きな私には 幼少期に入団し声楽の道を志すまでの間、人生のほとんどを過ごした〚少年少女合唱団〛という大切な場所がありました。
オペラ子役をはじめ、とにかく様々な舞台を経験させていただいた 合唱団 。
‹歌う楽しさ› ‹人前で歌う時の心の持ち方› ‹曲の掴み方› や ‹幅広い年齢層の団員たち それぞれの役割› ‹傍でサポートしてくれる方たちあっての舞台› など。 音楽のこと から 生活の中で大切なこと まで、数え切れない程 とても多くのことを学び ました。
自然な形で憧れ歩み始めた “ 声楽 ” の道でしたが 自分の不器用さ と 現実の壁 に直面し、 当時の私にとって 全て だった この大切な場所 からの 別れ を決断しなくてはならなくなります。
合唱 と 声楽 の 発声
限られた時間で 皆で完成した合唱を叶え本番に挑むには 個々が 声帯を合わせる というアプローチをしてから 響き を付けるという段階を踏むと大変時間がかかるため (声帯の 厚み や 長さ は人それぞれ。それぞれ違った 声帯 なので 個々に寄り添った指導が必要になります。)
声帯の合わさりづらい日本語 で 合唱 をする多くの場合、 声帯を合わせること を教えられることは無く 響き(共鳴) を優先するため 縦に口を開き、響きを重視して練習をしています。
皆さんの経験してきた 合唱 もそうだったのではないかと思います。
合唱は数十人〜大勢で演奏されるため個々の声量はそこまで必要が無く、 伴奏は ピアノだけ や 無い 場合もあるので 客席に歌声が聴こえない という状況にはならないため 声帯が合っていないことを問題視されることがありません。
一方、オペラの場合。
伴奏であるオーケストラの演奏にかき消されること無く大きな会場の隅々まで 1人で自然で綺麗な歌声を届ける必要があるため 声帯を合わせ 自然に息を流す ことが必要不可欠 です。
また、オペラの楽曲にはとても高い音が出てくるのですが その高音を出すためには繊細に声帯を合わせる必要があります。 勿論、響き(共鳴) も必要なのですが それは 声帯を合わせることが出来た後 に行うことでした。
響き以前に まず ‹声帯を合わせること› を 習得 しなければ先へ進めないため 口を横に開き、声帯を合わせる感覚を掴む必要がありました。
私にとっては 今まで 「縦に」 と言われていた口の開きを『横に』 「響き」 よりもまず『声帯を使う』というように 真逆 のことをしなければいけなかったのです。 ( 合唱団 を続けていると どうしても 合唱 の時の声の出し方 に戻ってしまうので 私の場合は 両立 が 不可能 でした。)
合唱の延長にあると思っていた オペラ は 私にとっては全くの別物で 不器用な私が 声楽(オペラ) を習得するにはまず 合唱 から離れなければ スタート地点にも立てないという現実でした。
(私の場合のお話です。 少し習ってみたい方も プロを目指したい方も FUKURAMU に来ていただいた場合は それぞれに合わせた無理の無いレッスンをしていきますのでご安心を…!!)
当時、私は幼少期からずっと共に過ごした合唱団のOGで結成したアンサンブルグループに所属し 合唱団でもアンサンブルグループでも様々な場所で演奏活動をしている最中でした。
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マンマ・ミーアを中心とした曲で演奏会を行った後聴きに来てくれた合唱団員たちと。
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藝大の友人たちとコラボした演奏会の楽屋前で。
そのアンサンブルグループ内には 藝大へ進み 合唱 も 声楽 も器用にこなす同級生がいたり、 音楽療法士を目指し音大へ通う同級生も。 私とは違い彼女たちはとても優秀なことを私自身がよく知っていたのですが 彼女たちのように 両立する ことは私にとって到底不可能なことでした。
ある日のレッスンで やっと 現実 を理解した私は、帰宅する電車の中でも涙目。 自宅に着き、泣き崩れる私を前に何も言わずに温かい緑茶を淹れてくれた母。
その後少しだけ気持ちが落ち着いてからOGグループのリーダーに連絡し、退団。 自分の弱さを知っている私は、寂しくて戻りたくなってしまう気持ちを持たないために 合唱 だけで無く 長年過ごした仲間 とも距離を置くことにしました。
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退団理由を皆へ上手く説明出来ず数十年。
数カ月前に行われた合唱団の大同窓会に出席し、ようやく少しだけ胸の内を打ち明けることが出来ました。
久しぶりに会った仲間は
皆あの時と変わらず、臨機応変にそれぞれが皆のために動いていました。
その姿に気付く度、泣きそうになりました。。
仲間と過ごしたあの時があったから今の自分があるなと、
改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
現実を知り向き合った 声楽
とても大切な 現実 を教えてくださった 世界的オペラ歌手 の 島村武男 先生。 恩師は、世界で活躍されるオペラ歌手の方々の先生でもありました。
当時、今よりももっと無知だった私は そんな大先生である恩師のこともきちんと理解していませんでした。 そのため幸か不幸か、恩師の前で常に 自然な私 でいることが出来ていました。
歌うことが大好きな私はレッスン中も とにかく楽しそうに、嬉しそうに歌っていたと思います。 恩師はそんな私に 現実 を話さなければならなかったのですから… 本当は嫌だけれど その人の成長のために 怒らなければならない時のような、、 そんな気持ちだったかもしれません。。
私が 合唱 から離れ 声楽 に専念する という 決断をすると 『私らしく人前で歌い続けたい』 という夢を叶えられるように出来る限りのレッスンしてくださり、 コンクール や 新人演奏会 などの 課題を出し、 手配 もしてくださいました。
それらのこともですし、 今思うと本当に…とても恐れ多いことが沢山ありました。
私はある時からとても難しい課題曲を次々と与えていただいて 最終的に出された課題曲がプロのオペラ歌手の方でも難曲とされる 椿姫 というオペラの中で歌われる アリアでした。 その課題曲は学生が歌うには無理難題すぎるものでしたので 当時、恩師が学内講師である周りのオペラ歌手の先生方から失笑されてしまうほどでした。。
(久しぶりに出てきた楽譜を改めて開き、これをあの頃歌っていたと思うとゾッとしました。。 そんな大先生に教えていただいていたのですから 「普段中々接することの無い オペラ を知ってもらう機会に出来たら嬉しいな…」 と 今もずっと オペラ を練習し、本番 の機会があると 短めにカット はしますが 1曲は必ず歌うようにしています。)
とにかく必死で練習していた毎日は目まぐるしく、 当時の記憶が半分抜けていることに最近気が付きました。
気付いたきっかけは この講師ブログを始めて 自身のことを遡ってみよう と 身の回りの整理をしていて発見した 友人たちからのお手紙や、レッスンで使っていた楽譜などの数々からでした。
何と、私はその難曲で 学内優秀者のみが出演出来る 特別演奏会 へ出演することを叶えていました。
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きっとお花を添えていただいていたんだろうと思われる
芸術学部の仲間からいただいていたメッセージカードを発見して
特演出演していたことに気付きました。。
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門下コンサートにて。
先生の生徒さんでもあり、当時から第一線でご活躍されていた憧れの 吉原圭子 さんとの大切な1枚。
(つい先日、恩師の後援会が開いたオペラ公演に行き、約20年ぶりに再会させていただき感激…!!)
歌 を 大好きなまま 楽しく 歌っていたかった私にとって 空気感の違う 恐れ多い オペラの世界。 そんな 雲の上の上の上の世界 を志す気持ちには到底なれませんでした。
恩師は途中から 私が オペラの道 を目指さないであろうことも気付いていたと思います。 だからこそ 限られた時間で オペラ発声 たるものがどんなものか 声楽 とはいかなるものか を私に叩き込んでくださり、 後に私が 合っているか 確認出来るように 〝 声 と共に 耳 も育ててくださっていた〟 のだと、後々気付きました。
とても丁寧に向き合い、 深く大きな愛を持って日々レッスンしてくださっていたこと、 本当に、、感謝してもしきれません…!!
たくさんの声を聴いて 自然と身についた感覚
恩師のおかげで 成長した自分の声 にきちんと気付けたのは 現場演奏のお仕事を重ね、年齢も重ね、様々な奏者たちに出逢ってからでした。
それぞれがプロとして演奏をする奏者同士。 演奏の現場では行く現場によっては初めて会う方も多く、 1度合わせて本番を迎えることも少なくありません。
私は 音大 では無く 芸術学部 出身なので 公式の場で 音大卒 という名詞は無く、 芸術学部出身者なら共感していただける あるある が多少なりともあるのですが (長くなってしまうので 音大 と 芸術学部 の違い については また別の機会にお話させていただけたらと思います。)
その1度の合わせの後から 一目置いてもらえる ような場面が増えていき、 少しずつ自分に自信が持てるようになっていきました。
そして、 いつの日からか 話す声 や 歌声 を聴くと その人が、どういった使い方をして声を出しているのか、が分かるようになっていました。
自分の声 だけで無く他人の声の声帯の合わさり方や体の使い方も分かるようになっていたのです。
このことは 演奏だけで無く 声を出す 全ての時に役立っているのを感じるようになりました。
私を作ってくれた合唱と声楽
私の 根底 には 合唱団 で過ごし学んだ生き方が、 柱 には 恩師に教わったオペラ(声楽) を学んだ日々が、 梁 には 現場で経験し学んだ日々が、
壁 には 人との御縁で学んでいる 演奏 や 声 についての発見が。 (心のトライアングル など。まだ1枚1枚作っている最中です♪)
屋根まで辿り着き、内装に手をかけるまでまだまだかかりそうですが(笑)
楽しみながら これからも引き続き 私らしい家 を 作っていけたら良いなと思っています♪
(このお話は 挫折から学んだこと へ繋ぐ前編。 次回もお付き合いいただけたら幸いです♪)
あなたはどんな あなたらしい家を 作っていきたいですか。
お役に立てそうなことがあれば是非♪
一緒に 楽しく レッスンしていきましょう♪♪
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